フリースクール・ぱいでぃあ

子どもの目にはどんな風景が映っているだろう…自分づくりと自己実現を目指して

TEL・FAX:048-829-9178  

〒338-0811 埼玉県さいたま市桜区白鍬466(総合案内)

Q & A
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ぱいでぃあQ&A : ぱいでぃあへの何でも質問箱です。

 ◎全体的な内容は総合パンフレットをご覧ください。
 ◎それでもよくお分かりにならない場合は、お電話でどうぞ。

Q. ぱいでぃあって、どんなフリースクールですか?
A. 自尊感情を育み、自立を支援します。
 ぱいでぃあは先生が主導の学校と違って、子どもたちが主人公で、一人ひとりの思いを実現するためのフリースクールです。不登校の子どもや自由に学びたい子どもたちが自尊感情を養い、自立を支援するためのスクールです。
 フリースクールはもともとから子どもが主体の学び場&活動の場。運営する私たちや利用する親御さん方が子どものための最善の方法を考えて意見やお金を出し合ってつくっている場です。

Q. どんな子どもたちが通っていますか?
A. 生きる歓び学ぶ楽しさを子どもたちに—「みんなちがって みんないい」はず。
 本来はどんな子どもたちが通ってもいいのですが、日本のフリースクールでは生きる歓びや学ぶ楽しさが思うように得られなかった子どもたち、いわゆる不登校の子どもたちや自由に持ち味を発揮したい子どもたちが通ってきています。
 学校の人工的な狭い枠からこぼれ落ちた子どももいれば、その枠には収まらない個性や能力を持った子どもたちが集います。いわゆる「落ちこぼれ」もいれば「はみ出し」(噴きこぼれ)の子どもたちが集います。
 でも、学校のように一律の基準ではなく多様な物差しで子どもたちに接しますし、子どもだからこそ決めつけられない秘めた能力を見つけ出すこともあります。愚才、鈍才、秀才、異才、奇才…子どもの数ほど能力も様々ですね。

Q. 発達障害(ADHD,自閉スペクトラムやうつ傾向など)の子でも大丈夫?
A. 障害の有無にかかわらず、人として認められ尊重されること
 本人の個性や特性は最大限尊重しますが、基本的にそういう分類で子どもたちとは接しません。そして、この分類は教育学的な方法ではなく、医学的な脳機能障害の見方に従ったものです。生得的な障害があろうとなかろうと、その子が独自の人格を持ち、人としての命を持っていることに変わりはないはずです。
 学力も大事ですが、第一の条件ではありません。障害のあるなしにかかわらず、先ずは人として認められ、尊重されること、これが出発点です。その上で、様々なことが可能になります。

Q. 「勉強」の遅れが心配です。ぱいでぃあに任せて大丈夫ですか?
A. 勉強の主体も子どもたち—自ら問い、考え、答えを求める子どもを育成
 大丈夫です。ただし、これはどのフリースクールでもというわけではありません。「ぱいでぃあなら」と敢えて限定させて頂きます。しかし、これも補習専門の学習塾のイメージで仰っているのであれば「ノー」です。、ぱいでぃあは子どもが主体の居場所&学び場であり、「学校の下請け機関ではない」とはっきり申し上げておきます。
 学校の勉強だけではありません。全てが子どもたちの自主的な判断にかかっています。考える主体が子どもであれば、勉強の主体もまた子どもだということです。そうすることで初めて勉強の心配もまた克服できるようになっていきます。

Q. 学校には行かず、全てをぱいでぃあに任せて大丈夫ですか?
A.不登校でも臆せずに自分の希望する道へ—卒業生やOBの残した成果
 とても大事な質問ですね。ぱいでぃあは実績のあるフリースクール。ぱいでぃあ卒業生やOBのその後を見ていただければ納得されるでしょうか。一部のデータを紹介しておきます(学校でも、もと不登校の生徒のその後の追跡データはほとんどありません)。
 ぱいでぃあの卒業生で、進路先がなかったという子どもは今までにありません。公立校、私立校など進路先は実力や志望によってそれぞれ異なりますが、自分のリズムに合わせて伸び伸び生き生きと勉学に励んだその成果が確実に結果となって現れています。
 中学受験にせよ高校受験にせよ、不登校だったからということで受験進学にも臆することはありません。堂々と自分の実力や希望で自分に適した公立や私立への進学の道を歩んで欲しいものです。今まで同様、ぱいでぃあは可能な限りその応援を行います。

Q. フリースクールとサポート校ってどう違うんですか?
A. フリースクールは小中学生主体の独立した教育機関
 当初は小学・中学段階の不登校生はフリースクールへ、高校生段階の不登校生は通信制高校・サポート校・技能連携校などへというのが一般的な形でした。そして、不登校支援も高校進学やその受け入れ先の確率が主でした。
 ところが、教育行政の側からの不登校生対象の高校の設立、不登校生の低年齢化、発達障害等の児童生徒の増加などに伴い、サポート校の中にも不登校の小学・中学の児童生徒をターゲットにしたり、障害児等に的を絞った研究・支援機関等が出てきたのが大きな流れでしょうか。

Q. 「フリースクール・ぱいでぃあ」の目標とするものは?
A. 不登校支援、脱不登校支援、脱学校支援—決して学校否定ではなく、それを乗り越えること
  ぱいでぃあは飽くまでも独立したフリースクールです。公立高校や私立高校の小中高の一貫高校に類似した、通信制高校やサポート校等に生徒を送り込む附属機関としての小学・中学部門ではありません。ですから、その下請けのような指導も行いません。不登校支援、脱不登校支援、脱学校支援がモットーです。囚われの心から開放され自由に行動できるようになることが大事です。でも、それは決して単純に学校教育を否定するということではありません。学校教育は国民の税金で賄われています。大いに活用しましょう。
 ぱいでぃあを卒業した後は公立校であろうと私立高校であろうと、サポート校であろうと通信制であろうと、自由に受けて欲しいと思います。ぱいでぃあではそのために必要な最善の心身の支援、学業の支援を行います。
 できるなら、不登校体験を今後の人生のいい経験にして欲しいと思います。「不登校生バンザイ」と殊更ひけらかす必要はありませんが、不登校は否定すべきものでも、自己卑下すべきものでもありません。活かし方によっては、「自身の大きな財産」になると思います。

Q. ぱいでぃあ設立に経緯を知りたいのですが…
A. 日本で最初の不登校支援の専門誌『ニコラ』の活動から
 「フリースクール・ぱいでぃあ」の活動を始めたのは2000年2月ですが、その5年前の1995年から月刊教育雑誌『ニコラ』(日本で最初の不登校生支援ための月刊誌)を発行し、「ニコラの会」(後の教育ネットワーク・ニコラの前進)を組織し、不登校の子どもたち支援に活動を開始しています。すでに不登校の数は10万人を超えていましたが、まだ教育行政では「不登校のための対策は全く考えておらず、今後も予定はない」とのことでした。
 そこで民間の側から、ようやく立ち上がり始めたスクール団体や組織を束ね(埼玉にはそういう団体はまだありませんでした)、東京や埼玉で毎年春秋に「不登校支援の実践報告会」「不登校生のための進路相談会」行ったのが、全国規模で不登校生のための学習進路支援活動を始めた最初でした。しかし、当時は高校進学のための進路を付けることが最優先であり、フリースクールによる小中学生の支援活動はその後のことになりました。

Q. ぱいでぃあの卒業生やOBはどうしていますか?
A. それぞれの持ち味を発揮して社会人として活躍
 ぱいでぃあを設立してからもう15年以上になりますから、卒業して間もない人たちはまだ生徒や学生生活を謳歌していますが、全体的に社会に出た人の割合が多くなりました。一流企業に務めた人もいれば、映画や農業などぱいでぃあの活動を通して進路を決めた人、持ち前のセンスを活かしてそれぞれの道に進んだ人、教職や福祉の世界で頑張っている人など様々です。もともとが学校という狭い枠の中では満たされない個性豊かな子どもたちが多かったからとも言えそうです。
 そういう卒業生やOBを見て感じることは、学校のように殊更学業ばかりを重要視するのは考えもので、みなそれぞれ特有の能力を持ち、それを求めてぱいでぃあにやって来たこと、そしてそれが認められれば「本来良くなろうとする意欲を持っている子どもたち」は自らの力を発揮して、自信を回復し、自立して社会に飛び立っていけるということです。
 振り返ってみれば、卒業生で、ぱいでぃあから羽ばたいて行けなかった人は一人もいなかったですね。
 それに比べれば、今「学力が…」と悩んでいることはあまり重要じゃないと言えるかもしれません。

Q. 「ぱいでぃあ」について書かれた本があれば、参考までに
A. いろいろありますが、とりあえず三つほど。
 ・「行ってみないかこんな学校」(ハート出版社)
 ・「いまさいたまを生きる」(埼玉日報社)
 ・「中高生660人の掲示板」(PHP研究所)
 ※不登校支援の専門雑誌『ニコラ』(№1~№84)はPDF本として復刻の予定です。
 ※その他はサイトの記事をご覧ください。(「いきいきニコラ」は「子どもネット」という名称でリニューアル中)
 ※多少現状とズレが有りますが、参考までに。
  (1)「ぱいでぃあでの学び①」=フリースクールでの学び
  (2)「ぱいでぃあでの学び②」=「学力低下」論議について
  (3)「Play-Study-Workの結びつき」=教育の営みは「公」(public)の営み

Q. 学校復帰のための働きかけはありますか?
A. 決めるのは本人。でも、見極めるのは大人の責任
 学校に戻るか戻らないか—基本的には本人が決断すること。止めもしませんし強制もしません。ただ可能かどうかの客観的な判断はさせていただきます。一般的には、元いたクラスや学校に戻ることは本人にとって大変なプレッシャーに感じることもあり、そこから自由に振る舞えるか否かがとても大事なポイントです。それに戻ろうとするクラスや学校に受け入れる用意が物心両面から整っているか、そういうムードにあるかどうかも大きな注意点です。それらが満たされて初めて本人は学校復帰の行動をすることが出来るようになります。
 ところが、親御さんも学校の先生も「ぱいでぃあでそんなに元気に行動できるようになったのなら、もう学校に戻りなさい」というような働きかけをする。でも、それはぱいでぃあにいるから元気なのであって、まだ本当に回復していないことが多いのです。それに不登校の子ほど「周りを喜ばせたい」という思いが強く、必ずしも本心から出た行動でない場合も多いのです。まずはじっくりとお子さんと付き合い、その子の片言から聴こえて来る「声なき声」に耳を傾けてください。

Q. [教育相談」を受けたいのですが、どうすれば… 
A. 脱・不登校、社会参加、自己実現のための第一歩として
「学校に行かなくなったきっかけ」「フリースクールに何を求めるか」、生育上で気付いたこと、本人の特性…などを差し支えない範囲でお話ください。お子さんの状況に合ったお話から入り、接点を見つけていきます。ただし、虚偽のお話は厳禁です。
 中には、「本人は動けない」とか「相談に来るのがやっと」、「目を向けて話せない」…など、単に自分が学校に行けなくなったことでひどく落ち込み、自己卑下などのマイナス感情でいっぱいになってやって来る子もいます。でも、自分が生きていないと感じるところから身を引くことはとても大事な行動です。近年、4月や9月などの長期休暇明けに自死する子どもたちが後を絶ちません。しっかり生命の危機に感応できる自分を誉めてあげてください。
 インターネットが発達した現在、相談に来られる前に、ここがどういうところであるかをサイト等の記事で確認されて来られる方が多いですね。不登校にも幾つかのタイプがあります。どの子もこの社会での被害者としての可哀想な側面を持っています。でも、同居が不可能なことがあります。 
 ぱいでぃあでは社会感覚を備えた自立した社会人になる支援をしたいと思います。それが主眼です。収容所のようにいつまでもいてもらう場所ではありません。みな自己実現に向けて飛び立って欲しいのです。そのために必要な支援を行います。やがてそうなるための最初の一歩としての「相談」とお考えください。

Q. 「体験学習」について—目的、その他
A. 体験を通して、本人の体感を通して感じ取ることがとても大事
 何よりもお子さんが自分の目で見、肌で感じとること、それがが第一の目的です。ここが自分づくりに相応しい学び場&活動の場であるかどうか、本人の希望に沿って体験してもらいます。(すでに気持ちが固まっている場合には、体験入学を経ないで入学することも可能です。)
 体験入学は基本3日間(3回)ですが、5日分まで可能です。その間に教科学習だけでなく、スポーツ等の身体活動、感覚の試行等のぱいでぃあ活動、生徒同士とのコミュニケーション……などをおおよそ体験できるようになっています。
 そこで体感したことを通して、今後どうするかを考えてください。体調によって一日の体験時間の長さを調節できます。
 体験入学の結果、「ぱいでぃあ」でやってみたいということであれば、そこで初めて正式な入学手続きについてお話させていただきます。入学するかどうかは、もちろん本人の意志で決まることになります。
 (そして、ぱいでぃあでお引き受けできるかどうか、どういう形でお引き受けできるかもお話しさせていただきます。)

Q. 正式に入学した後はどうなりますか?—学校との関係その他
A. 学習記録や活動記録を「通級報告」という形で学校に送付
 入学した後は、他の生徒たちと同じ活動に参加することになります。
 差支えがなければ、在籍校に連絡し、「ぱいでぃあ」での勉学や活動を学校での出席日数や日々の活動に換算することや通学定期の証明書(電車等利用者)等の発行もお願いすることになります
 原則的には在籍する学校長の「裁量」になりますが、「ぱいでぃあ」では設立当初から、これは「子どもの学習権」を保証するための基本原則として学校にお願いしてきました。その後、文科省自身も「不登校はどこの家庭でも起こり得る」と公式に認めるようになりました。今では希望者全員が当たり前のこととして認められるようになっています。

Q. 教科学習以外、ぱいでぃあ活動などについて
 A. 先送りできない様々な子どもの発達課題—教育の怖さ・大事さ
  教科学習は今は遅れていても後でやり直しや取り返しができます。しかし、「心づくり」や「身体づくり」、「感性を養うこと」などに関してはそれぞれの発達課題があり、やり直しが効きません。つまり、先送りが出来ないのです。若木の幹が太くなり無理をすれば折れてしまいます。この時期、育ちの環境に欠けたものがあると、子どもは欠落したまま成人となります。そして、不登校の子どもたちの場合にそのリスクがとても高くなります。ここに教育の大事さ、怖さがあります。
 具体的には、インドアとアウトドアの活動を通じて、「Play-Study-Work」の結びついた活動を通じ、バランスの取れた社会人の育成をめざしています。インドア・アウトドアの活動に付いては「ぱいでぃあ活動」って何?をご覧ください。

 Q. ぱいでぃあでの日常的な関わりを教えて
 A. カウンセリングも、身体活動も、感性の涵養も
(1)カウンセリングの時間を特別に設けなくても、「ぱいでぃあ」では個々の活動や心遣いの中でカウンセリング活動が日常的に行われています。ぱいでぃあでの全ての活動がカウンセリング活動だと言ってよいかと思います。「職員全てがカウンセラー」を謳い文句にしている学校もありますが、大事なことは「カウンセリングは単なる技法ではない」ということ。学校でいい生徒を演じるように、カウンセリングの場でもよそ行きの仮面を被った生徒を演じることが多いのです。子どもたちの本音はむしろ何気ない会話やふとした仕草の中に出るものです。私たちがそれに反応できるセンサーを持っているかどうか、その感性が試されているとも言えます。

(2)身体活動は主に身体的遊びやスポーツを通じて行います。少人数では小さな運動広場を活用したあまり激しくない身体活動を行いますが、スポーツを行う場合には、2面のテニスコートやサッカーのハーフコートがある広い運動場を活動します。泥警やバドミントン、ソフトボール、魚捕り、縄跳びや鉄棒などを行う他の場所もあります。また、卓球やバレーボールでは公民館の運動場を使うこともあります。
 こういう身体活動は成長期にある小中学生には欠かせません。こういう活動を通じて、それまでは固まっていた身体も心もほどけ、教室の座学では得られない様々な個性の発露も見られます。子どもたちにとって身体は言葉以上に雄弁なのです。そして、ほとんどの子どもたちは身体を動かすのがとても好きです。

(3)「感性を養う」では様々な機会を捉えて今までの枠に囚われた感性を開放し、自由に羽ばたかせる試みを行います。餅つき・お好み焼き・焼きそば・おでん・カレー・パンづくり・ケーキづくり・クッキーづくりなどの「料理教室」もその一つ。ミニ凧&巨大凧づくり、自然の枯れ木や葉っぱを用いた自然工作、紙クラフト、粘土細工、仕掛けおもちゃ作りなどの「ものづくり講座」、自然のスケッチ、4コマ漫画作文や落書き講座などもあります。自分は自由と考えている人も無意識裏に様々な制約や縛りの中で生きており、必ずしも自由ではないことに気付かされるはずです。良し悪しを超えて、個性豊かな創造的な行為を行おうとする際に今一度見直したいものです。

Q. 毎月の「社会体験学習」について詳しく教えて
A. 「ぱいでぃあ」の理念を実践化した社会体験活動
 「社会体験学習」も「ぱいでぃあ活動」の一つです。「ぱいでぃあ」という言葉自体、学問・教養を意味する「パイデイア」と自立した遊びを意味する「パイディア」というギリシャ語から付けたもので、その理念と深く結びついています。基本はこうです。

(1)「何でも見てやろう、体験してやろう!」
 「遊びと学びは同根のもの」「遊びもまた学びである」という考えに基づきます。「ぱいでぃあ活動」での「物の不思議さ」にふれること、「物との対話」(物づくり)もこの中に含まれます。人は先ず五感を通して考えるます。高度な抽象思考はこの基礎・土台の上に成り立ちます。義務教育段階の子どもたちにはこういう「感性づくり」が欠かせません。

(2)「書を捨てて街に出よう!」
 一見、教科学習と矛盾するようにみえますが、学問を築いた先人たちはみな自然や人間の営みから学び、今日の文化文明を築きました。書物はその結果に過ぎません。書物を通した頭での理解以前に、身体や体験を通した理解がとても大切です。そして、次代を担う子どもたちは、その基礎・土台の上に、時代に相応しい学びをすることが望まれるのです。

(3)「本はどこにでも開いている」
 「教える→覚える」こと、言い換えれば「記憶する」ことが勉強だと思っている人が多いようです。でも、本来、「記憶することと考えることは別」のはず。逆に「考えないし、考えてはいけない環境」に置かれているとも言えます。本当のところ、子どもたちは五感をフル稼働させて考えたいのです。でも、そういう環境は「ぱいでぃあ」のようなごく限られた教育活動の中にしかないのかも知れません。
 本当に考える勉強、感じる学びにとっては、教科書による疑似体験は逆に妨げになっている感すらあります。学ぶ気のある子にとって、周りの全ては不思議に満ちていて、「なぜだろう?」と考える学びの対象なのです。「どうして?」と子どもに困らせられた親御さんは多いはず。ぱいでぃあでは、実践を通してそういう学びを追い求めて行きたいと思います。
 子どもたちが美術館や博物館、様々なイベントや自然体験等を、自らの五感を通して感じ&学ぶことは、自らも社会の一員として参加する活動に繋がっていきます。これは一般的な学校内の学びでは決して得られない貴重な体験となります。こういう活動は学校を離れた子どもたちがだからこそ出来る活動であり、不登校の子どもたちが自己回復を遂げ、自己実現をして行くための優れた方法ともなっています。

Q. 「ぱいでぃあ」にイジメはありませんか? 
A. 「イジメ&イジメられる」を超えた人間関係の結び方を体得して
 「イジメはありません」と言えば、「私は嘘をついたことがありません」と言うのと同じで、嘘っぽいですね。「イジメが起きないように絶えず注意しています」という方が正確でしょうか。
(これはイジメのある大人社会の反映ですから、子どもの世界だけで即座に完全になくすことはほぼ不可能に近いかもしれませんね。)
 「イジメ」を受けた経験があるということは、かつてそういう環境の中に身を置いていたということ。無意識のうちに自分もそういう空気に染まっていたということにもなります。イジメられていた子自身が何かの折にイジメる側に回る確率が高いのです。目を話していると、イジメられた子同士の間でイジメが起きることもあります。イジメられていた子どもは自分が被害者であることには非常に敏感ですが、逆に自分が加害者になっているかもしれないということにはとても鈍感な場合があります。
 そこで、イジメが起きない人間関係の結び方を身に付けることがとても大事になります。そういうスキルを日々の活動の中で自然に体得していけるようにしています。こうして、誰もが安心できる空間がこうして確保されています。 子どもたちが「イジメ&イジメられる」のレベルを超えた感覚を自然に身に付けて行くからです。